2019年6月23日日曜日

遊べるハイエンドオーディオプレーヤー「JPlay Femto」


これまでメインの音出し環境では昔ながらのMACminiにAudirvanaというプレーヤーをインストールし、そこからタブレットでコントロールするというオーソドックスな構成で楽しんできました。筐体のデザインがAppleらしく秀逸で居間に置いても違和感が無くとても気に入ってたんですよね。

しかしながらAudirvanaを操作するために使用する「A+ Remote」というコントロールアプリがどうにも自分には合わなかったんです。


まぁ、ジャケット表示されたアルバムをタップし、中の曲を指定して再生…普通に使う分には至って問題はなかったのですが、アプリケーションを立ち上げた際に何も表示されず、自分が操作(検索条件の指定等)しない限りは画面上にジャケットが表示されないという点に対して至極面倒くさい印象を持ってしまったのですね。
操作上ではほんのひと手間であっても、それが毎回…となると少し考え込んでしまう。何故ならば自分が目指す環境とは逆方向のファクターだから。
(iTunesとのクロス再生(integratedモード再生)でAppleRemoteを…と少しだけ考えた時期もありましたが、不具合が放置されている状況には希望を抱けず)

とは言え十分に音が良いと感じて導入したこの環境、という背景もあり、それを暫く我慢して使い続けて早数年、ふと横を見て見ると全く別の思想で作られたプレーヤー(音に興じる兄貴達をほぼ例外なくご満悦そうな笑顔にさせるという魔法のようなソフトウェア)が着々とシェアを伸ばしてきておりました。


JPlay Femto:ポーランドのMarcin Ostapowicz氏が作成したWindowsアプリケーション

これ、高いんですよ。ほんと(泣)
プレーヤーの画面なんてこんなDOS窓みたいな奴ですし。一体何が良いのか最初は全く分からなかったんですけど。


それでもここまで大騒ぎされるくらいのソフトウェアです。理由はいたってシンプル。

「音が良い」

これだけです。

でも考えても見てください。簡単に納得できそうで、これ程納得できないこともそうそう無いなと。5秒考えれば判る筈です。こんな結論に収束するわけがない、と。
そもそも音なんて聴く人によって良し悪しなんてものは千差万別。人が良いと感じたものが別の人を感動させる保障なんて何処にも無いのです。更に言うと、個人がある時点で「良い」と感じた音を、別のタイミングで聴いた際に同様に「良い」と感じる保証すら無い訳です。

Ctrl+Cでクリップボードに音楽ファイルをコピーした状態でスペースキーを押して再生を始めた際の図

であるにも関わらずここまで騒がれるのだからきっと物凄いソフトウェアに違いないと。興味を持っちゃうんですね。ええ。そしてTrial版(フル機能で20日程度使用可能)に手を出してみたのですが。

・・・
結論から申し上げますとこれ、ガチで凄いソフトウェアでした。

良いです。本当に良いです。

曲の有するデジタルデータをDACに流し込んでいるだけなんだから、OSの制約等を払拭出来るようになれば後は出てくる音なんてどれも同じでしょ。”
...そう思っていた遥か昔を目を細めて見つめる。この様な状態になったのは恐らく自分だけではないんだろうな、と容易に想像できる音。プレイ中は終始無言になり、その後に「これは凄い…」と滴り落ちるようなコメントを引き出す音。

なお、自分のメイン環境は以下の通り2系統。
  • [Dynabook AZ87(Windows10)]-[DDC(RUDD14)]-[AVC-A1HD]-[OPTICON8]
  • [自作(Windows10)]-[DDC(RUDD14)]-[DAC1000]-[AT-HA5000]-[ATH-W5000]
いずれも直ぐに理解できるのは音像の鮮やかさ、及び低域の量感が物凄く上がった、という点です。具体的にはOPTICON8は単体で十二分に低域をカバーできる能力を持っているため、アンプ側でクロスオーバー周波数を低めに設定しウーファーをほぼ常時休眠状態にさせていた…のですが、曲によってはAudirvanaでは反応しなかったリレースイッチが入るようになってしまった点が挙げられるかと。いささか近所迷惑ではあるんですけどね...。

一方、W5000の方はそもそもの性格として低域を絞ったチューニングがなされていたのですが、JPlayによって大分運動量が増えてくれています。良い素材で組まれていて真面目系優等生(解像度の高さに妙にフォーカス)、運動が苦手ではあるものの、キャラクター性に万人向けの判り易さがなく、人から敬遠されるADHDの様な雰囲気を纏い、最後は理解されず捨てられるW5000(散々な言い様だ…)に痛く親近感を感じて愛用していたのだが(笑)、まぁ羽化する時期はあっても良いよね、みたいな感想を持ちました。

1曲目(オープニング曲)の地の底から響く龍声の様な低域は一聴の価値アリです。まさに”時代が動き出す”ような低域。

因みに過去に使ったことのあるプレーヤーと"音への満足度"で比較をするとこんな感じ。

JPlay Femto > Bughead > Audirvana > PlayPCM Win > JRMC > foobar > その他色々
  • 思想
人がソフトウェアを作るとき、そこには必ず目的が存在します。
目的があって、それを達成する手段としてソフトウェアを使う。音楽を聴きたいから音楽プレーヤーを使う。当たり前のことです。

でも、それがある一定の時間が経過した際はどうでしょう。
オーディオは趣味嗜好の極致。音を嗜む人間は一端のゴールにたどり着いた後も、欲求の揺らぎによって以下の様な衝動が大なり小なり生まれてくる訳です。

「ここをもっとこうしたらより良くなるのではないか。」

即ちユーザーによる「時間軸方向での”遊び”」への対応を思想の根底に持っているような気がする、そんな事を感じさせるソフトウェアなんですよ、これ。”目的や欲求の向き先がどんどん変化して行く人間を無視せずちゃんと理解して作っている”と言っても良いかも。遊びの範囲がソフトウェア単発で閉じてないんです。

例えば使い方一つとっても多くの活用方法があるのです。

  1. プレーヤー(白いDOS窓)を使ってシンプルに再生
     →シンプルさを音の良さに結び付ける人もいて、実は…
  2. 2台のPCにインストールし、役割(DMS、DMR)を分けて使用
     →DUAL再生モードです。機器を分けることで再生中の余計なプロセスや割り込みをカット出来る…という構成。ITのWEBシステムを構成する際も負荷分散の観点から(WEBサーバ,APサーバ,DBサーバ)等に分けますが、ちょっと似てるかもしれません。
  3. 他のプレーヤーのエンジンとして使用
     →使い勝手の良い別のプレーヤーの心臓部にJPlayを据える使い方。自分はコレ。JRMCに組み込んで使っています。
  4. DLNA機能を使用したプッシュ再生
     →巷にあふれるコントロールアプリから。タブレットやスマートフォンをDMCとして。
  5. 上記を組み合わせて使用
     →可能性の塊
  6. JPlay Femto Server機能を…云々
     →JPlay Femto Serverは内蔵されている機能の一つ。専用のサーバアプリケーションなので他社製品よりも有利なのだとか。

環境によっては、本当に多くのパラメータが存在します。
ソフトウェアのみならずハードウェアまでをスコープに加え、一つ一つの要素を手に取り、自身のそのタイミング、到達しているフェーズ毎に音や環境を他者のレビューや意見を交じ合わせつつ喧々諤々作り上げてゆく訳ですから、酔狂なオーディオマニアが熱を上げない訳がありません。


  • データ通信の頻度は接続機器性能と整合性が取れてるか?
  • ハードウェアはどのような構成?CPUは?メモリは?
  • 常駐しているソフトウェアは?プロセスの状態は?
  • 組み合わせるアプリケーションの設定は?
  • 使っているUSBポートは?
  • 外部に繋いでいる機器は何?
  • 電源は?
このアプリケーションを起点として遊びたくなるポイントが沢山有るんですよね。

現在は製品版で色々と試しているところなのですが、ミドルクラス以上の機器をインストールされている方にはとても遊べる仕様となっていると思います。(価格的に二の足を踏まれている方もいるかもしれませんが、)是非ともお勧めしたいです。

・・・
本当はこの他にもJPlay Femtoをきっかけとしてパソコン端末を大きく構成変更したことや、ライセンス問題に冷や汗をかいたこと、Dual構成にするかSingle構成にするかに随分長い間頭を抱えたこと、他にも書き切れない多くのエピソードがあったのですが、長くなるので一端ここまで。

機会があればまたちょっとずつ書きます。